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読解の基礎力をつける簡単な方法 [国語]


こんにちは。
今日は国語の勉強法についてご紹介させていただきます。
国語力の3要素は覚えておられますか?
「読解力」、「表現力」、「知識」ですね。
この中でも最も重要なのが、「読解力」です。
「読解力」は勉強における「運動神経」のようなものです。
スポーツにおいて「運動神経」が悪いということは、かなりのハンディとなります。
「運動神経」を鍛えることは出来ないからです。
そういう意味では、スポーツの世界は不平等です。
しかし、勉強の世界は違います。
なぜなら、「読解力」は鍛えることが出来るからです。
全ての子供に平等にチャンスが与えられていると考えてください。
少なくとも中学3年生くらいまでの勉強は、すべての子供が充分に理解出来る内容です。
大切な「読解力」ですが、理想を言えば小学校の低学年の間には基礎を押さえて欲しいところです。
基礎が身についたと考えて良い基準はどこにあるか?
それは、つまらずに音読が出来るかどうかです。
例えば、あなたのお子様が小学校中学年以下なら、こんなテストをしてみて欲しいと思います。
テストと言っても簡単です。
子供に声を出して教科書を読ませるだけ。
それもほんの10行程度もあれば充分です。
その後、同じ箇所を大人が意識的にゆっくり読んでみてください。
大人よりも読むスピードが遅ければ、読解の基礎力はありません。
変なところで文を区切りながら読んでいるはずです。
このテストをすると、中学生でも上手に読めない子供がかなりいます。
しかも、読めない子供には必ず読解力がありません。
子供の頭の中にそのスピードで言葉が入っていると思ってください。
あるいは、子供の読んだ内容を聞いただけで文の意味を理解出来るでしょうか?
おそらく難しいはずです。
言葉には、それを理解するための適切なリズムやスピードがあるからです。
それに合わない読み方をされると、急に理解が難しくなります。
子供の頭の中でも全く同じ現象が起こります。
こんな読み方しか出来ない状態では、読解力の向上は望むべくもありません。
野球に例えるなら、ボールを投げることすら出来ない状態です。
この症状を改善するための簡単で非常に効果的な方法があります。
この方法で行なえば、こうした症状は比較的短期間で見られなくなります。
ただし、親に多少の負担がかかります。
中学生以上には使えません(使えますが、本人が嫌がると思います)。
ですので、小学校中学年くらいまで限定の方法となります。
その方法とは、親が教科書を「先読み」するというものです。
例えば、このようにします。
「むかし、むかし、あるところに・・」(親)
「むかし、むかし、あるところに・・」(子供)
「おじいさんとおばあさんがいました。」(親)
「おじいさんとおばあさんがいました。」(子供)
特に難しいことはありませんが、3つのコツがあります。
それは、
・適切な文節で区切る
・親のすぐ後に子供に読ませる
・教科書の文字を指でなぞりながら読む(子供が読む際に)
これだけです。
3ヶ月も続ければ、読解力の基礎は身につくでしょう。
つまらずにしっかりと読めるようになるまでは、音読を習慣化させた方が良いと思われます。
飽きない程度に同じ教材を何回も読んだ方が効果的です。
小学校高学年以上ならどうすれば良いか?
音読を習慣化させるしか仕方ありません。
目安としては、毎日15分~30分くらい。
やはり3ヶ月くらいで一定の成果が見られるでしょう。
横で聞いている親の耳にも、その話が理解できるようになれば音読は卒業です。

つまらずに読めるようになった後は、黙読でも構いません。
客観的な立場から、簡単に読解の基礎力をチェック出来る方法なので、試してみてください。

「読み」「書き」「そろばん」 [国語]

7月1日

今日は国語の知識分野についてお話を進めます。
国語の知識分野と言えば、「漢字や語彙力」と「文法」と「文学史」などがあります。
僕はあまり「文法」には興味はありません。
勉強のための勉強という単元だからです。
教育者以外は社会に出てもあまり役に立たないと思っています。
だから思い切って省きます。
「文学史」は「社会」の一部だと思っているので、ここでは取り上げません。
語彙力は大切ですが、辞書を調べる習慣からということでいいでしょう。
それについては先日お話しました。
・・・というわけで今日のメインテーマは「漢字」です。

特に小学生のお子様を持つ保護者の方にお伝えしたいことがあります。
勉強の出来る子供に育てたいのであれば、「漢字」の勉強はたくさんさせてください。
特に書き取りが重要です。
そうです。ノートに何回も何回も同じ漢字を筆写するアレです。
幼稚園児でも出来る最も原始的で簡単な学習方法です。
昔から言われる言葉に「読み」「書き」「そろばん」というものがあります。
長い間、伝えられる言葉だけあって、これは学習をする上での最も重要な能力について述べた一つの真実なのだと思います。
僕の教育理念にも同様に3つの重要な学力の資質があるとお話しました。
すなわち、「読解力」、「計算力」、「暗記力」の3つです。
これが現代版の「読み」「書き」「そろばん」と言いたいところですが、実は意図するところはほとんど変わらないと思っています。
では、確認してみます。
「読み」は読解力。
「そろばん」は計算力。
これは分かっていただけると思いますが、
「書き」=「暗記力」?
ここに疑問を感じられる方も多いのではないでしょうか?
「書き」というのは作文のような表現力のことでは?と多くの方が誤解されています。
「読み」「書き」「そろばん」を教育指針とした指導の起源は江戸時代の寺子屋にさかのぼりますが、当時の意味するところの「書き」というのは「手習い」のことで、書道による文字の練習のことです。
現代の勉強に当てはめるなら、漢字の書き取り練習が最も近いんですね。
漢字練習が「書き」と言えるのは分かったが、なぜそれが「暗記力」とつながるのか?
今度はこんな疑問が出てくると思います。
実は、暗記方法には二通りあります。
僕の造語ですが、「単純暗記」と「関連暗記」です。
「関連暗記」の方が脳の仕組み上、覚えやすく忘れにくいです。
そして「関連暗記」に基づいた画期的な学習体系こそが「マインドマップ」なのです(※後日紹介)。
今日は「単純暗記」のお話です。
英単語や構文の覚え方についてお話をしたのを覚えておられますか?
五感をなるべくたくさん使って、脳に刷り込ませるように覚えましょうといいました。
脳科学者の茂木健一郎氏が、実際に実践してきた「鶴の恩返し勉強法」という勉強方法を紹介しておられました。なぜ鶴の恩返しかと言えば、勉強している姿を誰にも見せることが出来ないかららしいです(笑)。
机を叩いたりしながら、単語を覚えていたと本人はテレビでおっしゃっておりました。
まさしく「単純暗記」式勉強法の極意と言えるでしょう。
さて、この漢字の書き取りなのですが、まさしく「単純暗記」の典型と言えます。
そして「単純暗記」力は鍛えることが出来るのです。
もうお分かりでしょうか?
そうなのです。「漢字」の勉強は「漢字力」のためだけにあるわけではないのです。
日本に古来より伝わる学問の基本練習、「書き」を通じた「暗記力」の錬成なのです。
中学校1年生まで全く英語を勉強してこなかったが、漢字の成績は抜群のAさんと小学校のときに英会話を習っていたが、漢字は何よりも苦手なBさん。
勉強時間は全く一緒だと過程します。
この二人を並べてみたときに、3年後にどちらの英語の成績の方がいいかと聞かれれば、僕は断然Aさんと答えます。なぜなら勉強の基本が出来ているからです。
塾で長年指導していると奇妙なことに気付きました。
どういうわけか小学校で「漢字」の勉強を頑張ってきた生徒は、英語の成績が伸びる傾向にあったのです。英語と国語はもともと関係のない科目です。
なぜなのだろうか?と検証を進めていた結果、上のような仮説にたどり着いたわけです。
「書き」にしろ、「計算」にしろ、単純な勉強方法だけに最も求められるのは集中力なのですね。それを得意と言えるレベルまで練習を積み重ねた生徒には間違いなく集中力が身についているのです。
集中力のある生徒は「単純暗記」のような退屈な勉強もどんどんこなします。
「勉強体力」がついていると言えるでしょう。
そして、「英語」の学習に最も求められる資質は、そうした粘り強さなのです。
たしかに小学校の間は「英語」の授業はありません(ある学校もありますが)。
しかし、大学受験や高校受験で最も重要視される「英語」の勉強は、小学校から始まっていると言えます。
それが漢字の書き取り学習です。
小学校から興味のない英語を勉強させる必要は全くありません。
嫌々ながら英会話学校などに通っているのであれば、すぐに止めさせるべきです。
そんな時間があるなら漢字の書き取り練習をがんがんやらせてください。
それが一番中学英語の成績につながります。

少し厄介な問題があります。
漢字の勉強は単純作業なだけに飽きがきやすいのです。
一生懸命勉強させるための方法論を二つご紹介します。
漢字学習の利点は自分ひとりでどこまでも学習を進めていける点にあります。「蜻蛉」と小学校一年生が練習したっていいわけです。日記に「今日は蜻蛉を取りました。」なんて書いてあったら先生はびっくりします。
「蜻蛉」なんて大学生でもなかなか読めません。
小学校1年生が三角関数の勉強をするのは無理がありますが、「蜻蛉」の書き取り練習なら出来るのです。
子供は大人でも出来ないことに挑戦することにたまらなくやりがいを感じます。
あえて難しい漢字をたまに覚えさせることで、子供に自信を与えるのが一つです。
もう一つは漢検です。
検定試験という仮のゴールを設定することで、子供のやる気を促すのです。
漢検6級を持っていても社会に出て何の役にも立ちませんが、そうしたやる気の促進方法としては使えます。
ただ、ニュースになっている通り、漢検には色々問題もありますが・・。
まぁ、そのあたりの判断はお任せします。
個人的には「漢検」にチャレンジさせるのは悪いことだとは思いません。

以上、今日は漢字がテーマでした。
「国語」の学習についてはいったんここまでにします。
次は「社会」に入ります。

小論文の書き方 [国語]

6月30日

今日は「小論文」の書き方についてお話します。
「小論文」と簡単に言っていますが、実に奥の深い世界でまじめに書き出せば何日あっても足りないので、今回はさらりと基本だけお話していこうと思います。
まず、他の「作文」と何が違うのかを言わせてください。
大事なことなので大きな声で言いますね。

自分の意見を客観的な立場から証明するのが、小論文なのです!

そういうことなのです。ご理解いただけましたか?
少し説明を加えますね。
「僕は今日、山に登りました。とても気持ちが良かったです。」(日記)
「この本を読んで戦争の愚かさについてよく分かりました。」(読書感想文)
これらの文章にあるのは、所感です。所感とは心に感じたことです。
心に感じたことは主観的な意見です。
僕はどう思ったのか?という立場ですね。
小論文に求められるのは、主観的な意見ではありません。
客観的な立場に立った上での自分なりの意見なのです。
客観的な立場に立つとはこういうことです。
「戦争は嫌だ」
→戦争に行くのは、誰でも嫌です。これは主観的な意見。
「戦争は心の底では誰も望んでいないが、実際に起きている」
→これが客観的な事実。
「戦争はなくさなければいけない。そのためにはまず・・」
→客観的な事実を踏まえた上での、自分なりの意見。
いいでしょうか?
まずは自分なりの意見があると思います。所感で構いません。
それだけでは論文にならないのです。
それは日記か感想文です。
客観的な立場からそれを論証出来てはじめて論文になるのです。
それが出来ればどんな書き方でもいいのですが、簡単な「型」があります。
基本の「型」を完璧に使いこなせるようになってから、自分なりの書き方をマスターしていくようにしてください。

この書き方で書けば、必ず論文になります。
最も簡単な方法です。

①まず初めに自分の意見をYESかNOで述べる

②客観的な事実を述べる

③それに対しての反論を書く

④もう一度自分の意見を述べる

これで終わりです。
小論文で少し難しいのが、問題のテーマが漠然としている場合です。
自分の意見を述べるためにはYESかNOの立場を明確にしなければなりません。
こんな課題が出たときはどうすれば良いのでしょうか?

「地球環境問題について論じなさい。」
YESかNOで答えようがありません。
この場合は問題提起が必要になります。
例えば、こんな具合に無理やりYES、NOの立場を作るのです。

解答例)
現代社会における最も身近な環境問題とは、地球温暖化だろう。
地球温暖化現象によって引き起こされる様々な環境問題が毎日のようにニュースで流されている。
それでは、温暖化は私たちにとって最も深刻な環境問題と言えるのだろうか?
答えはNOだ。
マスコミの報道によれば、地球温暖化が環境に与える深刻な被害の実態は以下のようなものである。
海水面の上昇、世界各地での異常気象の発生・・・・

注目していただきたいのは、環境問題という漠然としたテーマを温暖化現象という問題に絞り込んでいる点です。そして地球温暖化が本当に深刻なテーマなのかというように問題提起をした上で、NOと言っているわけです。その後に続く客観的な事実に対しての反論はそのデータの矛盾点を突いてもいいですし、温暖化よりも深刻な環境問題を提示して、その危険性について話をするという方法もあります。

僕はあえてNOの立場で例文を書きました。実はこれもテクニックなんです。
このテーマの場合、常識的に考えるとYESですよね?
でも、場合によっては一般論に対してNOの立場の方が書きやすいのです。
なぜなら客観的な事実がたくさん出てくるからです。それに一般論にNOを突きつけると言うのは、テストなどの採点者からすると非常に魅力的な論文に見えます。
論文の世界では非常識な人間の方が高い評価を得られるのですね。
例えば、
「いじめをなくす必要はない」
「戦争をするのはいいことだ」
「義務教育を廃止するべきだ」
などと書かれると採点者は非常に興味をそそられるわけです。
一般的な常識とは違う意見ですからね。
論文は道徳的な善悪を問うているわけではないのです。
自分の意見が書かれていて、それについての論拠が正しければ正解なのです。
自分では「いじめは大嫌い」と思っていても、「いじめ大好き」の立場の方が客観的に見て正しい意見を書けるのであればそのように書けば良いのです。
別にそうした論文を書くことが悪いことではありません。
論文を書くという特殊な環境だからこそ、逆の立場に立ってみることに価値があります。
あえて、反対の立場に立つことでより深く多面的に問題点を分析することが出来ます。
「いじめ大好き」の立場からいじめっ子の本質を見直すことで、「いじめ」や「差別」の
抜本的な解決策を見つけることが出来るかもしれません。

「小論文」についてまとめます。
これが出来ていなければ0点です。
①自分の意見が言えていること
②客観的な立場から論じていること
特に①。どういう立場なのか分からないのは絶対にダメですよ。
立場は必ず明確にしてください。
分かりやすく言えば、賛成なのか反対なのかということです。
賛成も反対も出来ないような漠然としたテーマなら問題提起から始めること。
これが鉄則です。
②も大切です。自分の意見の正当性をきちんと証明出来ていなければいけません。
「どう思った」だけでは論文としては価値がありません。
客観的な論文を書くためのコツを教えます。
それは、「~と思う」という表現を使わないことです。
すべて言い切ること。それだけでかなり具体的な文章になります。

細かい内容には今回は触れませんでしたが、もしお子様の「小論文」を添削するようなことがあれば上記の点に注目してください。中学生なら、基本の型通りにやれば必ず書けるようになります。しつこいようですが、何が言いたいのかの確認だけはしっかりと。

では、明日は国語の「知識」分野についてのお話を進めます。

作文と小論文の違いって何? [国語]

6月29日

塾で働いているとこんな質問をよく受けました。
私のいた地域では高校入試に特色選抜入試というのがあったのですが、その中で入学試験に「小論文」を課す学校が多かったのです。
それについての質問なのですが、
「先生、小論文と作文は何が違うのですか?」
という質問です。
疑問に思われている方も多いかもしれませんね。作文と小論文は何が違うのか?と。
お答えしましょう。
文章を書くことを作文といい、小論文はその中のジャンルの一つに過ぎません。
例えるなら、日本が作文で、小論文は東京都、感想文は大阪府、日記は鳥取県・・
みたいな感じです。わかりにくかったらすいません。
それぞれの地方自治が若干異なるように、それぞれの書き方も異なります。
日記のように小論文を書いてはいけません。

国語力の3大要素を覚えておられますか?
「読解力」、「表現力」、「知識」の3つですね。
作文=表現力ということで今日は表現力についてお話を進めていきたいと思います。
作文と言うと、苦手な生徒さんが多かったです。
特に多いのが、原稿用紙を前にするとぴたりと筆が止まってしまう生徒さんです。
苦手意識がそうさせるのかなかなか手が進まない生徒さんがたくさんおられました。
本来、文章にいいも悪いもないのです。
こうした子供には何でもいいからとにかく書かせることから始めないといけません。
いきなり原稿用紙にまとめさせるのではなく、下書きから始める必要があります。
一文、二文でいいから何か思いついたことを書かせていきます。
最後にそれをまとめるという手法を取るのですね。
何も思いつかない場合はどうすればいいのか?
何も思いつかない原因はひとつしかありません。
脳は質問をインプットすれば、それに対しての回答や意見を探し始めます。
これに例外はありません。
何も思いつかない子供は、脳に正しい質問が出来ていないのです。
ここで親の協力が必要になります。
子供の意見や回答を引き出すために質問をしてあげてください。
例えば、読書感想文なら、
「登場人物は誰だっけ?」
「その中で主人公は誰だったかな?」
「この本の中で主人公はどんな体験をしたんだろう?」
「その体験で一番苦労したのはどんなときだった?」
「そのときに主人公はどんなことを考えたんだろうね?」
「○○(子供の名前)だったら、そんなときどう考えるかな?」
「そのときの主人公の行動についてどう思った?」
こんな具合です。
正しい質問を投げかけたにも関わらず、何も言わない場合はどうでしょう?
それはきっとあなたが怖いのです。
怒られるから怖いとかではなくて(もちろんそれもありますが)、こんなことを言ったら間違っているのでは?とかそういう類の恐怖です。
重要なのは子供の意見を否定しないことです。
大人から見れば、稚拙な回答しか出てこなかったとしても、そこで子供の意見に対して何かを言ってはいけません。
最初の原則によれば、文章にいいも悪いもないのですから。
ただ、考え方の視野があまりにも狭すぎたり、考え方のレベルが浅すぎたりといったことはあります。
誰にでも思いつくレベルの回答しか出ない場合ですね。
そういう場合はさらに問いかけが必要です。
子供の発想が広がるような質問を投げかけてあげてください。
そして作文が出来たら、それがどんな文でも最初はほめること。
ほめてから改善点を伝えるようにしてください。
これは、大人でも一緒です。
チームで個人に分かれて何かの模擬練習をしていたとします。
例えば、僕が塾長のときには講師の模擬授業練習というのがありました。
一人の講師を囲んで皆がそれについての意見を述べるのですが、このときに改善点から話し出す人がいます。これはいけません。
改善点から話しはじめてしまうと、その後の褒め言葉が言い訳みたいに聞こえるからです。
「○○って言っていたけど、その伝え方じゃ子供は分からない。」
「早口になりすぎていて、聞取りにくかった。」
「でも、真剣さが伝わってきてよかったよ。」
こんな風に意見を言われても、あまり嬉しくありません。
そうではなくて、
「すごく真剣な授業でびっくりした。それだけの熱意があれば子供は集中すると思う。」
「でも、一生懸命すぎて少し早口になるときがあるね。」
このように言われれば、納得するものです。
子供の作文について意見を言うときも全く一緒です。
どんな理由であれ、その作文がその子の現状の実力なのですから、まずはそれを肯定するところからはじめるのが基本です。
よくほめると調子に乗ってもっと適当にやるのでは?と思われる保護者の方がおられましたが、全くそんなことはありません。むしろ逆です。
子供から見れば50点くらいの仕上がりの作文だったとしても、親がすごくほめれば、
「これですごいんだ?じゃ、今度はもっとすごい作文を書いて驚かせよう。」
こういう風に思うものなのです。
そうではなくて、子供が仕上げたものに対してまず否定から入ってしまう親がいます。
そうした親の育てた子供に典型的な症状が先に挙げた、正しい質問に対しての回答や意見すら出てこない子供です。恐怖心が先に立って何も言えなくなるのですね。
文章の細かい添削は後でいいのです。
添削は学校や塾の先生に頼むのが一番ですが、誤字脱字の修正は親でも出来ます。
まずは恐れずに文章を書くようになること。
そして、文章で何かを表現することに喜びを感じられるようになること。
このレベルを目指してください。

明日はいよいよ「小論文」の書き方に入ります。



勉強で最も重要な3つの力 [国語]

6月27日

社会で最も重宝されるのは「論理的思考能力」と「コミュニケーション能力」を兼ね備えた人材である・・というお話をしました。
たしかに、人間の仕事の能力を測ることも決め付けることも出来ません。
職種によって求められる能力も違うでしょう。
しかし世の中の大半の仕事では、この二つの能力が身についているのといないのとでは、仕事の成果や年収に大きな差が生まれてしまうとも思います。
なぜなら、仕事の基礎能力と言っていいからです。これを土台にするから、「英語力」、「PCスキル」、「法律知識」・・などのその他のスキルが活きてくるのです。
「論理的思考能力」と「コミュニケーション能力」をA。
その他のスキルをBとするなら、Aは掛け算、Bは足し算の関係なのです。

分かりやすく説明すると・・
論理的思考能力、コミュニケーション能力もあって、英語も話せる社会人は、
① A×{B(英語力)+B(入社後に学んだスキル)}=その人の仕事の能力
と言えます。
論理的思考能力、コミュニケーション能力しかない社会人は、
② A×B(入社後に学んだスキル)=その人の仕事の能力
と言えます。
それでも、掛け算的に入社後のスキルが活かされるので、活躍できます。
しかし、Aがない人間は悲惨です。
③ 0×(B+B+B+B・・・)=0
身につけたスキルが全く役に立ちません。

説明するまでもありませんが、①や②の人の場合にはAの値が大きければ大きいほどBの能力が活かされますよね?それに比較すると③の人は悲惨です。
実際は論理的思考能力、コミュニケーション能力ともにゼロという人間はいませんから、
③のケースはありえません。限りなく1に近い人がいるくらいです。
これは社会人の場合のお話です。
大学受験までの勉強に限って見た場合にAに相当するような能力はあるのでしょうか?
これが今日のメインテーマです。
実は、あるのです。
昨日までのブログを読んでいただいた方にはどうせ「読解力」でしょ?と言われてしまいそうですが、まさしくその通り。
「読解力」は紛れもなく、このAに相当する能力です。
他にもあります。
それが、「計算力」と「暗記力」です。
スポーツにおける運動神経のように、勉強にもそれを決定付ける重要な要素があるのではないか?あるいは仕事をする人間にも同じような要素があるのではないか?
これは僕の長年の疑問でした。
集中するポイントさえ分かれば、後は超効率的にその能力を身につければよいのです。
そう考えながら、学習塾で指導を続け、それを3つにまで絞ることが出来たのです。
その3つの力が「読解力」、「計算力」、「暗記力」です。
暗記力は先天的なものですが、「読解力」と「計算力」は鍛えることが出来ます。
「読解力」については先日までのブログで、「計算力」についてはマイカテゴリーの「数学」で鍛え方を説明しています。そして、これまでは先天的なものと捉えられていた「暗記力」ですが、「マインドマップ」という新しい学習体系によって暗記力を大幅に向上出来ることが確認されています。後日ブログでもご紹介したいと思いますが、気になる方は「マインドマップ」で検索をしていただければと思います。書店に行けば本も売っています。
つまり、今の日本の教育では、
「読解力」、「計算力」、「暗記力」のある子供=成績のいい子供
という図式が成り立っていると言えます。
今後はどうなるのでしょうか?
「暗記力」については従来ほど重要視されない時代がやってくるかもしれません。
現代は、インターネットで何でも調べることが出来るからです。
しかし、日本の教育界はそれほど変化に機敏ではありません。おそらく今のままの受験制度や教育体系がこれから先もしばらくは続くでしょう。実際、「暗記力」を問わない試験問題を作るのは難しいのです。採点の基準や試験内容などを含めてそう簡単には変われないと思っています。
活字を読まない子供のたどる結末は悲惨です。
「読解力」がないため、まず問題文を正しく理解出来ません。
テキストの「解答と解説」を読んでも理解出来ません。
英語長文読解が出来ません。
特に一番困るのが、「解答と解説」を理解出来ないということです。
試しに大人が中学生用のテキストにチャレンジしてみてください。
公式や解法を忘れてしまって解けないことがあるかもしれません。
しかし、解けなかった問題も「解答と解説」を読めば、「こう解けばいいんだ!」と理解出来る可能性は高いです。勉強からしばらく離れているはずの大人が、それを理解出来て、なぜ現役バリバリの小中学生がそれを理解出来ないのかと言うと、「読解力」の差なんです。
大人は勉強からは離れていても、業務上の書類や新聞や雑誌で普段から活字に慣れ親しんでいる場合が多いです。自然と子供より「読解力」が身についているのですね。だから「解答と解説」を読めば、まるで取り扱い説明書を読むかのように解き方を理解出来るのです。

一番重要なことを述べます。
「読解力」の習得は勉強面での自立の第一歩なのです。
「読解力」さえあれば解けない問題も、自分で「解答と解説」を読んで理解していくことが出来ます。それが出来ない間は誰かに頼るしか方法がありません。
活字を読む習慣がないといつまで経っても、この勉強面での自立が困難になります。
これが、「読解力」がないことの一番の弊害なのです。
「計算力」や「暗記」も確かに重要な資質ですが、こうした意味において「読解力」の重要さは他の二つよりも抜きん出ていると言えます。

繰り返しになりますが、「読解力」の習得は活字を読む習慣からですよ。
好きなことから興味を広げるのが一番確実かと思われます。

辞書に慣れましょう [国語]

6月26日

イメージが出来ないから本の内容が面白くないというお話がありました。
多くの場合、本の内容が難しすぎるがゆえに、イメージにつながらないと言いました。

では、本の内容が難しいってどういうことなのでしょうか?
代表的な理由は、語彙量の不足です。
今日はそのお話をしたいと思います。

(剣に生きる者は、ついに剣に死ぬ)
歳三はふと、そう思った。
軒端を出たときには、月は落ちていた。歳三は真っ暗な七条通りを、ひとり歩き始めた。
星が出ている。

6月23日のブログで紹介した「燃えよ剣」の一説です。
ここで「軒端」という単語が出てきますが、これが分からないと現場をイメージ出来ないわけです。
読書嫌いな子供ならこれだけで嫌になります。
しかも、書けない漢字を調べるのは比較的楽なのですが、読めない漢字を調べるのは難しいのです。
漢字辞典の使い方を知っていないと調べられないからです。
電子辞書なら簡単に調べられるのですが、僕は中学卒業までは辞典を使ったほうがいいと思います。
辞典の使い方を覚えておいた方がいざというときには役立つからです。
この意味を調べる癖をなるべく早めにつけておくことが大切です。
辞書を使うためにはご家庭での習慣付けが必要になります。
ご家庭で、こういう場面はありませんか?
「○○の意味って何?お母さん。」
ここで、言葉の意味を教えてはいけません。
このように答えましょう。
「お母さんも分からないから国語辞典で調べてみて」
そして30分後。
このように聞くのです。
「○○ってどういう意味だった?」
これで答えられたらOK。
調べた言葉には横に線を引くなど目印をつけさせてください。
ここで答えられなければ調べていません。
その場合は叱るのではなく、辞典を取り出して母親が調べましょう。
そして見つけた言葉を一緒に確認して、線を子供に引かせてください。
どんな場合でも子供に無理やり何かをさせるのはNGです。
勉強の動機付けはしつけではありません。
指摘するのではなく、気付かせるのです。
これが優秀な親の姿です。
こういう親の下では子供は喜んで勉強をします。

言葉の意味を調べるのも辞書を使い慣れることで、次第に早くなってきます。
語彙量が増えていくことで、少しずつ調べなくてはいけない場面も減ってきます。
心理的な負担が減れば減るほど、読書に対しての苦手意識が払拭されていきます。
漫画を読むように読書を楽しめる日はこのようにしてやってくるのです。
実は、語彙量不足の問題は読書量で補うことが出来ます。
本を読む経験を積めば積むほど、想像力が豊かになってくるのですね。
例えば、先程の「軒端」の意味が分からなくても、大人は別に困りません。
それまでの文章の内容から推測して読むことが出来るからです。
しかし、基本的な語彙力がなければ、読める本の数は限られてしまいます。
読める本が少ないと言うことは、読書量を増やせません。
すなわち、読書をする上で基本的な語彙力は必須ということです。
そして、小中学生の段階では読書の習慣のない子供に基本的な語彙力は備わっていません。

基本的な語彙を増やすためには、早い段階から辞書を引く習慣を身につけることです。
中学卒業くらいまでは、分からない言葉はすべて辞書を引くようにさせてください。
学校で薦められるような本の方が、基本的な語彙を身につけるにはいいです。新聞や専門誌は日常生活では使わないような難しい用語が使われる場合も多いからです。
それでもあえて、僕が雑誌やスポーツ記事などをお勧めするのは、子供の興味があることの方が活字を読む習慣が持続しやすいと考えるからです。
どちらを選んだ方がいいのかは子供によって変わりますので、一概には言えないのです。
一番良くないのは活字を全く読まないことだと思ってください。
活字を読まないとどうなってしまうのか?

その恐るべき結末を、明日のブログではお話しようと思います。


漫画を読まない子供 [国語]

6月25日

「漫画」すら読まない子供。
これは読書させる上で一番厄介なパターンかもしれません。

問題解決の手法を使ってさらにバラバラ作業を行います。
覚えていますか?
数学でお話したロジカルシンキングですよ。

「漫画」を読まない理由は次のうちどちらでしょうか?
A 好奇心はあるが、本や漫画は読まない
B 「漫画」に限らず、ほとんどのことに興味を示さない

Aの子供はまだまだ大丈夫です。安心してください。
きっと外で仲間と遊ぶのが何よりも好きなのでしょう。
しかし、Bの場合は・・・。重症患者です。
たくさんの保護者と生徒を見てきた経験上、Bの子供になってしまう一番大きな原因は、親に抑圧されているパターンです。ヒステリックな母親とセットで、口をほとんど開かない子供がたまにやってくるのですが、そうした子供に最もこの傾向が強いです。
こうした親は意外にも、教育熱心だったりします。
色々な事を知っていて、自分なりの教育論も持っています。
子供への愛情もあります。
こういう親に限って、子供が望まない習い事を3つも4つもさせていたりします。
申し訳ないのですが、この育て方は間違っています。
即刻、改めてください。
過去の例から言うと、こうした子供は高校生くらいになって抑圧されていた感情が一気に噴出し、非行に走るか、逆にどんどん自分の殻に閉じこもり不登校になったりします。
これも僕の経験から言うのですが、こうした親にそうであることを自覚させるのは至難のわざです。
一番話を聞いてくれないのもこのタイプだからです。
こうした親は幼少期に何かしらのコンプレックスなどを抱えている場合が多いことを付け加えておきます。
少し話が脱線しましたが、Bの場合は少し大変ですというお話でした。
このケースの処方箋は、読書習慣や勉強習慣以前に育て方の問題になってくるのですが、
まずは子供のしたいことを抑圧しないようにすることが大事です。
そして、何かを無理やりにやらせるのはやめてください。
子供の興味を持つことに寄り添ってあげる姿勢が大切だと思います。
例えば、僕が子供の頃にキンケシが流行しました。
これはキンニクマン消しゴムと言って、フィギュアのようなものなのですが、消しゴムとしては使えませんし、大人から見れば全く不要なものです。
しかし、僕がたくさんのキンケシに囲まれた写真があるところを見ると、小さい頃にお父さんとお母さんが買ってくれたのだと思います。際限なく買ってもらえたわけではありませんが、ある程度はそのような要望に応えてくれていたわけです。
こういったことが好奇心の出発点になります。
「そんなものは役に立たない!」と大人の価値観で切り捨てるのはどうかやめて欲しいと思います。

さて、Aの子供のパターンのお話をします。
例えば、野球が好きなら、スポーツ新聞などを与えてみてはどうでしょうか?
昨日、お話したように活字を読む習慣であれば、何でも良いというのが僕のスタンスです。
スポーツ新聞を読んでいる小学生なんてあまりいないので、野球好きな子供なら情報通という理由で、学校のヒーローになれます。
いつも活字を読んでいればいつの間にか読書があまり苦にならなくなってきます。
もともと好奇心はあるのですから、自分の好きなことから入らせるのがコツです。
今はどんな分野に関しても情報は溢れているので、それに関連した雑誌などを見つけるのは容易いです。
出来るだけ活字の多い記事などにたくさん触れさせて少しずつ文章に慣らしていってください。
本当は文学も読んで欲しいところですが、文学を読めなくても死ぬわけではありません。
絵や音楽が理解出来ないのと一緒で、少しだけ人生で損をするだけです。
しかし、活字を読む習慣がないのはいけません。
何かを深く調べることが出来ないので、知識量や情報量に限りが出来てしまいます。
教育に悪いものでなければ、文章であれば何を読ませても可です。
僕のおススメは憧れの人物に関しての書籍です。
例えば、サッカーの中村俊輔選手の本とか、ミュージシャンやお笑い芸人の自伝です。
それだけでも充分に読解力はつくので、試してみてください。

あっ・・そうそう。
読書習慣つけようって言って買うと、子供は読みませんよ。
「勉強しなさい」が禁句なのと、同じ原理です。
じゃ、何と言えばいいのかって?
そこが親の腕の見せどころです。何とか工夫してみてください。

さて、明日はもう少し踏み込んだお話をします。
語彙力についてです。

難しすぎる本を読ませてはいませんか? [国語]

6月24日

本の内容が難しすぎると、内容のイメージがつかめない。
イメージにならないから、本の楽しさが理解出来ない。

それなら本の内容がイメージ出来れば、楽しいと思って読めるのでしょうか?
答えは多くの場合「YES」です。
例えば、小学一年生向けの「桃太郎」だったとしても、子供は内容を楽しめます。
余程、面白くないストーリーでなければ良いのです。
大切なのは、それを理解しながら読んでいることなのです。
もう一度言います。
大切なのは、それを理解しながら読んでいることなのです。
・・・・・
何か気付いていただけましたか?
そうなんです。
子供は本の内容を理解して読んでいないから、本が面白くないのです。
えっ?当たり前じゃないかって?
いいえ。
違います。
もう一つ大切なことをお話します。
子供は自分が本の内容を理解しているのかいないのかを自覚出来ません。
きちんと読めているかどうかの判断を自分では出来ないのです。
本を読んで活字を追うことは出来るのです。しかし、最後のページまで活字を追い続けたからと言って、本の内容を理解することが出来たかは別問題です。
これは恐ろしいことです。
この経験を読書だと認識してしまうことで、読書=面白くないものという回路が出来上がってしまうのです。
これが、読書嫌いの原因です。
皆さんも似たような経験がありませんか?
例えば、僕は未だに海外古典文学を読むことが出来ません。
原文ではなくて、もちろん日本語訳されたものですが、読めません。
背伸びをしてチャレンジをしてみるのですが、苦痛で苦痛で死にそうになります。
想像してみてください。
もし、そんな理解の出来ない内容の本ばかりを強制的に読まされていたとしたら・・。
そりゃ読書嫌いになりますよね?
斉藤孝教授という方がおられます。
有名な方なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
「声に出して読みたい日本語」など数々の著作を持たれています。
日本の国語界におけるキーパーソンの一人だと思いますが、斉藤教授は夏目漱石の「こころ」とか日本文学の名作を子供の頃からどんどん読ませるべきだと述べられております。
斎藤教授の著作は好意的に読ませていただいていますし、ほとんどの著作を読ませていただきました。素晴しい方だとも思っています。
しかし、その意見には大いに疑問を感じています。
斎藤教授が実際に授業をされるのであればそれでもいいでしょう。
彼ほど指導力に優れた人間ならば、たとえどんな難しい教材でも小学生に素晴しい授業を出来ると思います。
子供がしっかりと理解するまで面倒を見てあげるのなら問題はありません。
現実問題として、学校には学習指導要領があります。与えられたカリキュラムをこなしながら、それを指導するのは並大抵のことでは出来ません。宿題で「こころ」を読ませて、後はほったらかしといったことがないかと心配するのです。
学習指導要領に加えたところで、果たしてどれだけの先生がその魅力を子供達に伝えることが出来るのでしょうか?子供の間は魅力が分からなくてもいいという意見もありますが、魅力の感じないものに真剣になるほど子供は単純ではないのです。
夏目漱石の「こころ」なんて大人でもなかなか理解出来ないのに、そんなレベルの本を子供に自由に読ませて読書好きになるとは到底思えません。
またしても「理想論」です。
良質の文学に触れさせることで、子供の感性の豊かさを養うという目的は結構ですが、そもそも読書の習慣がない子供に、どのようにその違いを理解させるのでしょうか?
そんなものは、段階を追って学べばいいのです。
まず初めにありきは、読書の楽しさを知って大量の活字に触れることでしょう。
現場で指導をしていると、身の丈に合わない本を読まされて、読書がどんどん嫌いになっていく子供達をたくさん目にすることになります。

では、どうすればいいのか?
きちんと内容を理解出来ているレベルの本を選んで読ませる必要があります。
そこで、子供が本を理解して読んでいるかどうかを確認する簡単な方法を提案します。
自分で確認できないのですから、親が確認してあげるしかないのです。
本を読み終わったら、その本の内容を子供に聞いてみてください。
支離滅裂な内容しか言えなければ、理解していません。
ストーリーを大人にわかるように話すことが出来れば、理解していると言えます。
このようにしていると衝撃的な事実が発覚するかもしれません。
中学2年生でも、小学5年生くらいの本でなければ、ストーリーを説明出来ないというケースが出てくるのです。
でも、それが今の実力だと認めるところから読書習慣は始まります。
先に述べたように、簡単な本だから面白くないとは限りません。
内容をイメージ出来れば、簡単な本でも充分に楽しんで読めるのです。
まずは、そのレベルの本を読むことを習慣化することです。
読書は一ヶ月に3冊は読んで欲しいところですが、初めは1冊でも構いません。
実は、「読解力」を身につけるという観点から言えば、活字さえ読めば本でなくても構いません。
塾の生徒で勉強を全くしなくて、本もほとんど読まないという生徒がいましたが、読解力だけは抜群の生徒がいました。彼が何をしていたのかと言えば、サッカー好きだったので、サッカーに関しての新聞記事やスポーツ誌を毎日のように読んでいたのです。
この少年のように、読解力の源は、必ずしも本である必要はありません。
とにかく活字を読ませる習慣を一日も早く身につけることが大事です。

漫画を読まない生徒に対しての対応はこれがヒントになると思います。
明日はそれについてお話を進めていきます。


子供が読書を嫌がる理由 [国語]

6月23日

さて、今日は「読解力」についてです。
「読解力」をつけるために一番いい方法は読書です。
読書をしていれば「読解力」は自然に身についていきます。
大学受験レベルの「現代文」の問題を解くには、そのための学習をした方がいいと思われますが、高校受験までのレベルであれば、読書の習慣がある子供なら、そんなに問題なく設問を解くことが出来るでしょう。
読書は最高です。
読書自体に楽しみを見出せるのであれば、こんなことが可能になります。
勉強→休憩の読書→勉強→読書→就寝
まさに休みながら勉強しているようなものです。
こんな生徒は、人の数倍のスピードで成績が伸びます。
読書が苦痛になってしまっている生徒ならこんな具合です。
勉強→休憩→読書→休憩→就寝
読書も勉強も苦痛には変わりないので、同じくらいのストレスになります。
同じくらい休まないことには体が持ちません。
もちろん国語の勉強として、「読解力」を身につける方法もありますが、僕はやはり読書をお勧めします。楽しみながら勉強することが一番大切だと思いますし、読書は誰にでも楽しめる勉強方法(勉強ではないですが)ですしね。

読書が大切なことはわかった。
しかしその肝心の読書の習慣がつかないんじゃないか!
これが保護者の方のお悩みだと思います。
ごもっともです。
では、読書習慣をつけるための方法論を公開しましょう。
まず初めに質問です。
あなたの子供は漫画は好きですか?
YESと答えられた方、喜んでください。あなたの子供には見込みがあります。
僕の経験上、漫画好きな子供は読書好きになる素質があります。
方法さえ間違えなければ、ほぼ間違いなく読書を習慣化出来ます。
この場合の読書出来ない理由は、活字慣れをしていないからなんです。
活字で読むことが出来るようになれば、漫画と同じように読書を楽しむことが出来るようになります。実際、僕自身も子供の頃から漫画が大好きでした。今も読みますが、ほとんどが活字本に変わっています。週に最低でも3冊は本を読みますが、その原点は子供の頃の漫画を読む習慣だと思っています。
NOと答えられた方。
読書の習慣化に少し苦労することになるかもしれません。
このケースについてはいずれお話することにしましょう。
先に、漫画なら読めるというお子様の場合に限定して、お話をします。
なぜなら、かなりの割合のお子様はこのグループに属しているからです。

漫画好きということは、自分なりにその世界に入り込んで、それを楽しむことが出来るということだと思います。その点は読書も変わりません。
それなのに何故読書は出来ないのか?
理由を言います。
面白くないからです。
では、漫画と同じストーリーの本があれば子供は喜んで読むのでしょうか?
答えはNOです。なぜなら面白くないからです。
「・・・???」ってなりますよね。
すいません。
なぜ面白くないのかと言えば、理解をしていないからなんです。
活字になることで、ストーリーがイメージ出来ない。
絵がついていれば、理解の手助けになるのに、文字だけなのでイメージがふくらまない。
例えば、司馬遼太郎の「燃えよ剣」にこんな一説があります。

(剣に生きる者は、ついに剣に死ぬ)
歳三はふと、そう思った。
軒端を出たときには、月は落ちていた。歳三は真っ暗な七条通りを、ひとり歩き始めた。
星が出ている。

文章を読んだだけで、そこにある主人公の心情に加えて、幕末の京都の寂しげな空気や虚しさ、そこに響くリアルな足音までが頭の中に浮かんでくるようです。
言葉を使って、そこにある仮想空間を描写するのは作者の表現力ですが、読解力があれば、
活字で読むほうが漫画よりもリアルにその世界観を想像することが出来ます。
なぜなら漫画は絵があるので、その絵にイメージが限定されてしまうからです。
絵にイメージを限定されない分、今の僕には活字の本の方が面白いとさえ言えます。
想像力を膨らませて楽しめるんですね。
これが読書の楽しさの一つですが、イメージが出来ないと楽しいとは思えません。
では、活字がイメージにつながらない理由はなんでしょうか?
一番大きな原因は、読んでいる本の内容が難しすぎることにあります。
本の内容が難しすぎるから、活字がイメージにつながらない。
それを前提に明日はお話を進めたいと思います。

国語力は総合力 [国語]

6月22日

今日から「国語」に入ります。
国語は中学校3年生までで言えば、一番重要な科目かもしれません。
国語力の3大要素って何だか分かりますか?
それはすなわち・・
文章を読み取る「読解力」
作文を書くための「表現力」
漢字や文法の「知識」
の3つです。
特に「読解力」は重要です。
スポーツに例えるなら「読解力」は運動神経と言っていいかもしれません。
「読解力」がなければ、他の科目すべてに影響が及びます。そんな科目は他にありませんし、「国語力は総合力」と呼ばれる所以はここにあります。
スポーツで言う運動神経が「読解力」だと述べました。
しかし、「運動神経」と「読解力」には決定的な違いがあります。
「読解力」は鍛えることが出来るのです。
(運動神経が鍛えられるのかどうか難しい議論はさておき)

初めて出会った生徒の模試結果を見るときに、よくこのように推測していました。
国語の読解力の出来が80%だとして、全体の模試結果が8割に及んでいなければ、その生徒の努力不足。逆に読解力が20%しかないのに、全体の成績がそれ以上取れていれば、
その生徒は自分なりに努力はしている。
どちらの生徒が指導しやすいかと言えば、圧倒的に前者です。
塾業界ではこういう言葉が言われるくらいです。
「国語の成績までは伸びる」
常にその通りとは言えませんが、かなり核心を突いた言葉だと思います。
国語の成績の中でも僕が注目していたのが、「読解力」です。
そうした理由から、先に述べたように、読解問題の正答率に注目していたのです。

この「読解力」はどのように鍛えることが出来るのか?
明日はその点についてお話を進めたいと思います。



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